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正しい人

小学校の高学年の頃だったと思う。

その頃はかなり貧しく、ある団地の4階に住んでいた。

 

 

上の階に、年齢は30代後半頃、

俳優の石黒賢に似た

(丁度当時、石黒賢ショムニというドラマに出演していたがめちゃくちゃ似ていた)

男性が一人で住んでいるようだった。

 

彼を見かけるときはいつも私服姿で、

恐らくフリーターか何かだったんだと思う。

 

普段はご近所さん程度の認識だったが、

一度だけ彼と交流を持ったことがある。

 

 

 

当時、我々家族は父親(既に離婚している)と

まだ同居状態にあり、母親との夫婦喧嘩が絶えなかった。

 

 

ある晩、特に大きな夫婦喧嘩があった。

一方が遂に台所から「包丁」を持ち出し、

もう一方をトイレに追い詰めた。

 

錯乱した状態、喚きながらトイレの扉を

幾度もブッ刺す。

追い詰められた方もトイレの中から

怒号を放ったり、なだめるなどする。

 

小学高学年生程度の私の頭は思考を停止した。

ただかなり緊迫した、絶望的な状態だということは分かった。

幼い妹は泣き叫んでいた。

 

ずっと、そんな状態が続いていた時に

光があらわれた。

 

上に住む石黒賢似の男性が、物音を聞いて

駆けつけてくれたのだ。

 

大きく我が家のドアを何回もノックして

「大丈夫ですか」と声をかけてくれた。

彼の登場で夫婦喧嘩も沈着し、

母親がドアを開け彼に「大丈夫です」と伝えた。

 

 

ドアを開けたとき彼と目があった。

彼との交流はこの一度だけ。

 

 

その後しばらく彼の姿はみなかった。

 

 

 

 

 

 

それから少し月日を経て、中学生のいつ頃か

団地街の中で彼の姿をみた。

 

 

彼はスーツ姿でママチャリを漕ぎ、

メガホンを用いて通行人に向かって何か云っていた。

無所属から何かの選挙にでるようだった。

確か市議会選だったように思う。

 

 

 

 

 

今現在、大人になった私の頭で考えると

フリーターか何かで無謀に選挙に出馬する彼は所謂「普通の人」ではなかったのかもしれない。

彼が「正しい人」なのかも解らない。

 

 

 

しかし、私個人の意見ならどうしても彼は「正しい人」と思えてしまう。

というより、彼こそが「正しい人」のように感じる。

 

 

私は大人になってから政治に関心をもったことが無い。

 

[それは日本にはいろいろな政党があって、

ビジョンがあるにしても

結局実現されないビジョンで

ただ茶番のように政権が移り変わっている印象を受けるし、

 

根本的に政治的な権力をもった組織

(或いはそれを利用する人間の性質)

というものを信用できないからなんだと思う。]

 

けれど、もし彼が現代で出馬していたら投票するだろうな。

 

 

 

中学生の頃、最後に彼に会えて良かった。