爆発的に良くなる

もう終わりにしよう。

 

私は爆発的に良くなる。

 

 

もう終わりにしよう。

 

 

どんよりなんてないんだ。

 

 

私は爆発的に良くなるしかない。

 

 

 

 

 

もう終わりにしよう。

 

 

アルコール最高。

我々も

宇宙人だ

 

お前らだけが宇宙人じゃねえぞと

 

思っちまうよね、図に乗るんじゃねえよと。

 

まあ、なんの話かというと実は

宇宙を構成しちゃってるよね、我々って。

細胞以下のレベルだけれど。

 

それを自覚して生きたいねん。

 

 

 

宇宙には意思があるかもしれないらしい。

 

だとすれば、

私は「ちゃんと死ぬこと」が宇宙の意思なんだと思うぜ

皆ちゃんと死のうね、全うに。

 

 

 

 

 

食事制限を始めた。

夜ご飯を、特に炭水化物を減らしていく。

 

 

 

昨日はおシースーを食べたので、

今日の晩御飯はパン1つ、

19時に食べて終わりとした。

 

 

パンといっても、最強の甘パン「マロンマロン」

にしたので450キロカロリー位ある。

 

 

 

 

木曜日というのは疲れが出る曜日だと思う。

 

腹も減るので自宅にある桃漬けウォッカ

を飲んでいる。

 

 

3杯目なんだけど、超絶気持ちいい。

そして、超絶ねむたい。

 

 

 

アルコールってすごいぜ。

 

 

 

 

 

甘だれ

妹が卒業をしたので家族3人ではま寿司に行った。

 

 

期間限定の贅沢大トロ一貫盛りを人数分頼んだ。

我々の注文でちょうど品切になったようだ。

 

 

母親は味覚がバグっている。

寿司には何でも甘だれをかける。

 

貴重なこの店最後の大トロにも

もちろん甘ダレをドバドバかけて

 

「ああ~ん、トロけるわ~」といい放った。

 

 

それを見て妹と顔を見合わせ

小声で(頭おかしいね)って笑った。

 

正体

心のなかのどんより

 

巨大だが隠れるのが巧く、

その影だけが時折片鱗をみせる。

殺しにかかってくる。

 

何もかもがモノクロに変わる。

ノイズに変わる、砂がかぶったようになる。

 

恐ろしく、解らない。

得たいが知れない。

 

 

 

 

不思議な愛着があるのも事実だ。

子供の頃から愛着のある

お人形のような。

 

このどんよりに安心感を

おぼえることがある。

 

 

そうなると最早このどんよりは

アイデンティティになっちまうな。

 

 

 

 

 

ずっとこのどんよりに打ち勝ちたいと

考えてきたが、アプローチの仕方が

間違っているのかもしれない。

 

願わくば正体を突き止めたい。

ロングドライブ

4時間、距離にして220km。

 

 

大きな橋を渡って遠くへきた。

 

 

運転は余り得意ではない。

 

恐らくそれは社会性が関係している。

運転には他者との言語を介さない

コミュニケーションが求められるからだ。

 

 

昔から他者のなかに存在する

怒りといった感情が理解できない。

 

車の運転をすることで温厚な人が

潜在的な怒りを露にすることは多い。

 

生活をするなかでも彼らの怒りを

垣間見ることがたくさんある。

大人、労働者は非常にイライラしている。

 

怒りで何が解決できるのだろう。

相手を萎縮させることで自分の利益に繋がることは少ない。

あるとしたら、浅ましい利益の為だけだ。

 

 

しかし、怒りは時に必要な能力であるとも考える。

本当に相手に訴えなければならないとき、

漠然としているが大切なものを守る時とか。

 

 

あとは、大きな相手に抗うとき。

 

 

そういったことをちゃんと理解して、

怒りと向き合わなければいけない。

 

 

 

 

けど実のところ駐車も苦手なので

単純な話、空間把握能力が欠如してる。

 

えへへ。おほほ。

 

 

 

 

 

幸福な死

映画が終わるラスト5分。

 

置き換えると、  

 

死ぬ前のラスト5分。

 

 

その為だけの大掛かりなフリかもしれない。

 

うつつ

私は確かに存在している。

 

 

労働し、賃金を得て生活をしている。 

その金を使って、水分や栄養を摂る。

 

従って、生物として呼吸をしているし

血がながれている、心臓がまだ動いている。

 

動物よりは幾らか脳も発達しており、

色んなことを考えていたり、

全く考えていなかったりする。

 

 

 

インターネットを介するとそういった

側面がイメージしにくくなる為に他人が

提供されるエンターテイメントの一部

だと錯覚してしまう。

 

 

他人だけであれば良いが、

自分までもがエンターテイメントに吸収された

モブであり、仮想を構成するほんの僅かな電気信号なんじゃないかと思えるときがある。

 

 

放すことなく画面を見続ける自分を、

幽体離脱して見下げたらどんなに惨めな気持ちだろうか。

 

 

 

私は確かに存在している。

そして、他人も確かに存在している。

 

今度釣りにでもいこう、みんなで。